2025年9月、LayerX はシリーズBラウンドで150億円を調達した。リード投資家は Netflix や Spotify、ByteDance などへの投資実績を持つ TCV。同社にとって日本のスタートアップへの初投資となる。世界的グロースエクイティファームであるTCVはなぜ LayerX を選んだのか。そして LayerX はなぜ TCV を選んだのか。福島良典氏とMichael Kalfayan (マイク) 氏に話を聞いた。
出会いと投資決定

TCV は1995年創業のグローバルグロースエクイティファームだ。Netflix や Spotify、Airbnb など、世界的なテクノロジー企業の成長期を支えてきた実績を持つ。そんな TCV が初めて日本のスタートアップに投資した。なぜ LayerX だったのか。そしてなぜ LayerX は TCV を選んだのか。両者の出会いから投資決定までのプロセスを聞いた。
ーー日本ではまだ TCV の名前に馴染みがない読者も多いと思います。まず TCV がどういったファームで、どのような投資哲学を持っているのか教えていただけますか
Michael氏:TCV は世界中の成長企業に投資し、事業拡大を支援する投資会社です。メンローパーク(カリフォルニア州)、ニューヨーク、ロンドンにオフィスを構え、テクノロジーやイノベーション分野の企業に対して長期的な成長を後押しするための投資を行っています。
創業から30年が経ち、これまで350社以上のテクノロジー企業に投資し、80件以上の IPO を実現してきました。
私たちの目標は、世界中の質の高い企業に投資すること。過去30年間で Netflix、Spotify、Revolut、Nubank、Toast、ByteDance、Airbnb、Splunk など、多くのグローステック企業とパートナーシップを組んできました。私たちは比較的集中したポートフォリオを持つ傾向があって、投資先企業に大きな価値を提供できると考える案件に注力しています。
ーーお二人の最初の接点についてお聞きしたいのですが、TCV と LayerX はどのような経緯で出会ったのでしょうか
福島氏:三菱UFJイノベーション・パートナーズの佐野さんにTCVのAlex Wortmann (アレックス) をつないでいただいたのが最初の接点です。グローバル投資家自体は、2021年から2022年頃にかけて結構日本に来ていたということもあり、その頃から接点があったのですが、TCV とはなかったんですよね。今回の調達が100億円以上の規模になることが見えていたので、決め打ちではなかったんですけど、事業会社とか国内 VC も含めて海外投資家もフラットに検討すべきだよねということで、いくつか話をしていました。
ちょうど資金調達を検討し始めていた2024年の秋口ぐらいに、TCV を紹介してもらったという流れですね。

ーーMichaelさんにお聞きしたいのですが、TCV にとって今回が日本のスタートアップへの初めての投資になります。Netflix や Spotify など世界的な企業に投資してきた TCV が、なぜ LayerX を選んだのでしょうか
Michael氏:私たちはグローバル投資家として質の高いビジネスに注力していて、常に最高品質の企業を探しています。日本は世界第4位の経済大国ですから、当然ながら私たちの投資基準に合う可能性のある機会について、多くの時間をかけてリサーチしてきました。
LayerX については、いくつかのユニークな特性に惹かれました。まず、日本における経理・財務業務の自動化という、大きくほぼ未開拓の市場機会です。このセグメントは TCV が長年注力してきた領域で、Xero、Brex、Revolutといった関連企業に投資してきました。このカテゴリー全体について多くのリサーチを行ってきたので、かなりの知見を持っています。
また、LayerX がこの数年間で示してきたプロダクトイノベーションの実績にも魅力を感じました。複数の新製品をローンチして成功を収めていますし、プラットフォームへの AI や機械学習の実装と、非常に説得力のある長期的なAIビジョンにも感銘を受けました。
もう一つ重要なのがLayerXのチームです。福島さんは二度の起業を経験しており、これは日本のエコシステムでは非常に稀なことです。そして、私たちのデューデリジェンスの中でも特に印象的だったのは、彼がビジネス成長を推進するチームと、革新的な技術を生み出すチームを兼ね備えた、強力な組織を築いていることです。福島さんと松本さんは、AI/機械学習分野で高い評価を受けてきた経歴があり、将来に向けてAIで日本経済を変えていくことに全力で取り組んでいると感じました。
ーー福島さんにもお聞きしたいのですが、逆に LayerX 側から見て、複数の投資家候補がいる中で TCV に決めた理由は何だったのでしょうか
福島氏:一つはやっぱり本気度が違ったなと思います。紹介していただいた後、年末に1回ミーティングをしたんですよ。その際に「日本に行っていいか」と言われました。「あれ、クリスマス休暇とかいいの」って聞いたら「全然大丈夫」といった感じで、とても驚きました。
結局年明けの来日にはなったんですけど、その時に3日4日ぐらい私たちのために時間を取ってくれました。結果的にはほぼデューデリジェンスみたいな密度でしたね。
マネジメントメンバーに対しても「こういう人と話したい」とか「顧客とこういう話をしたいから調整してほしい」とか、そこまで真剣にアクセスしてくれた投資家はそう多くなかったんですよね。
トータルで10社から20社程のグローバル投資家と話をしたと思うのですが、ここまでガッと入り込んでくれたのは2、3社ぐらいでした。その中でも TCV はスピードが速くて、彼らも繰り返し「スピードがアドバンテージだから、資金調達に時間をかけないでほしい。自分たちは早く決めるから、LayerX も早く決めて事業に集中しよう」と言ってくれて、そういう考え方のフィロソフィーもすごく合うなと感じました。
ーーこの規模の調達でそのスピード感は驚きだったのではないでしょうか
福島氏:日本の資金調達の感覚で「半年ぐらいかかるだろうな」と構えていたので、「もう決めてきたのか、すごいな」というのが正直な感想でした。
ーー海外投資家とコミュニケーションするにあたって、特に意識されたことはありますか。TCV は日本初投資ですし、基本的に海外投資家も日本に頻繁に投資しているわけではない中で、国内投資家や事業会社とはまた違ったコミュニケーションが求められたのではないかと思うのですが
福島氏:具体的な話になるのですが、その当時の役員ミーティングで一つコミットしたことがありました。今回の調達は絶対に海外投資家が必要になるから、英語で自らコミュニケーションをする、ということです。通訳を挟むとか、社内で英語ができるメンバーを連れてくるのではなくです。社長が自分で英語を話さないと資金調達なんて成立しないので、シンプルな話ですけどそこはとても意識しました。英語は得意なわけではなかったのですが、自分で勉強して、ちゃんとトップ自らコミュニケーションできるようにしました。そこはやっぱり一番大事なことかなと思います。
投資後の変化

グロースエクイティの価値は資金だけではない。TCV のようなグローバル投資家は、世界中のポートフォリオ企業で培った知見やネットワークを持っている。投資から数ヶ月、LayerX には具体的にどのような変化が起きているのか。アクセルを踏むフェーズの経営支援から、社内の意識変化まで、両者に聞いた。
ーースピードや資金力以外の部分で、TCV のグローバルでの経験やネットワークに対して LayerX として期待していることはありますか
福島氏:一番期待しているのは、TCV がグローバルでポートフォリオを持っていて、LayerX に近い領域の会社にすでに投資をしていることですね。そこがどう経営してきたかとか、今後僕らが入りたいと思っている領域に対して、複眼的な視点を持っています。
「この地域はこうなっていて、あの地域はこうなっていて、日本だとここがいいタイミングだよね」といった具合に、僕らが仮説レベルで考えていたことを、実際にグローバルネットワークの情報で裏付けてくれるんです。
それも ネットやAIで調べただけの情報じゃなくて、実際に経営者を何名かつないでくれて、直接話を聞きながら確認できる。持っている情報の相性の良さを感じますね。
ーーMichaelさん、TCV としてはポートフォリオ企業に対してどのようなサポートを提供されているのでしょうか
Michael氏:私たちは投資先企業の CEO やステークホルダーと緊密な関係を築いています。通常は取締役会に参加して、人材、Go‑to‑Market、プロダクト、M&A や IPO といったキャピタルマーケットなど、幅広い戦略的トピックでポートフォリオ企業を積極的に支援しています。社内にバリュークリエーションチームがありますし、オペレーティングパートナーやエグゼクティブアドバイザーの深いネットワークも持っていて、TCVのポートフォリオ企業はこれらにアクセスできます。
ーーリリースから数ヶ月が経ちましたが、実際に TCV が入ったことで LayerX にどのような変化がありましたか
福島氏:まず一つは単純に、今は資金を事業の拡大と人材採用に積極的に投資してめちゃくちゃアクセルを踏んでいます。ただその踏み方については、マイク以外にもいろんなボードメンバーとディスカッションしているのですが、「我々はこう考えていて、こういう数値をトラックしながらこう踏みたい」という話に対してのアドバイスがすごく的確なんです。
一方で、アクセルを踏んだら一時的には投資効率が悪化する面もあるんですけど、その悪化に対する許容範囲とか、「この二つの数値をトラックしていて、こっちが改善されているなら OK だよね」とか、そういう判断はすごく合理的にできていると感じますね。
ーーアクセルを踏むときの経営に対する知見というのは、TCV を選んだ理由の一つだったのでしょうか
福島氏:そうですね。急成長を前提とした経営、つまりアクセルを踏み続ける状態で、組織や事業を破綻させずに回していくための知見を、TCVはしっかり持っていると感じました。
日本では、そこまで一気にスケールするスタートアップはまだ限られていますが、TCVの投資先を見ると、無理に成長させているのではなく、数値やオペレーションを緻密に管理しながら成長させている。 それは「黒字化すること」以上に、高度な経営判断が求められる領域だと思います。
ーーMichaelさん、TCV としてはスケールフェーズの企業に対してどのような価値提供を意識されていますか
Michael氏:私たちの役割の一つは、ソフトウェア/AI企業を数億ドルの収益規模までスケールさせてきた経験を提供することです。組織設計、Go‑to‑Marketの構造、人材といった観点で、そのスケールが何を意味するかという知見ですね。具体的には、投資後のこの数ヶ月間で、TCVのネットワーク内のエグゼクティブを何人も紹介して、プロダクト戦略の重要な要素について意見をもらっています。潜在的なパートナーや顧客の紹介も行っています。
ーー社内の雰囲気や、メンバーの意識に何か変化は感じられますか
福島氏:経営陣は当たり前のように海外の情報を調べていますけど、メンバー全員がそうかというと、やっている人もいればそうでない人もいました。そこにTCV が投資家として入ってきてくれたことで、彼らが投資を検討している新たなトレンドや新規プロダクト領域についての、独自のリサーチや厳選されたインサイト等の情報を積極的にシェアしてくれるようになったんです。
面白いのが、アナウンスメント効果みたいなもので、私が紹介するよりも「マイクがこんな会社があるって言ってたよ」と TCV の名前を出す方が、みんなの目の色が変わるんですよね。
あとは、パランティアモデルで急成長中の AI 企業の CRO の方を引き合わせてくれて、インタビューさせてくれたこともありました。僕らだけでは今までアクセスできなかった人にアクセスできるようになったのはとても大きな変化ですね。
ーーポートフォリオ同士でグローバルにサポートし合えるのは、とても貴重な価値ですね
福島氏:これは相当いい機会ですね。日本で同じような事業をやっていると競合になってしまうじゃないですか。でもグローバルのピアは完全に地域で分かれていて商圏も違うので、純粋にベストプラクティスをシェアできる。逆に僕らからも価値を提供できていると思っています。例えば AI-BPO モデルは日本の方が進んでいるので、「どうやってるの」ってよく聞かれますね。
今後の展望

日本のスタートアップエコシステムは転換期を迎えている。グロース市場改革、グロースエクイティの不足といった構造的な問題が指摘される中、海外投資家の参入は一つの突破口となりうる。TCV は日本市場をどう見ているのか。そして LayerX は、海外投資家から投資を受けた「第一世代」として何を背負っているのか。
ーーMichaelさんにお聞きしたいのですが、日本のスタートアップ市場やエコシステムについてどのように見ていらっしゃいますか。他の投資市場と比較して、今後もっと投資を行う予定はあるのでしょうか
Michael氏:なぜ2012年以降のSaaSブームにおいて、日本で大規模な独立系 SaaS 企業があまり出てこなかったのか、いくつかの理由があると考えています。ただ、この数年間で市場環境が変化し始めているのを感じています。
興味深いのは、日本は非常に大きく発展した経済でありながら、ソフトウェアの浸透度という点では米国やヨーロッパより何年も遅れていることです。国際的なベンダーにとっての参入障壁もいくつかありますが、これは投資する上で非常に興味深いマクロ環境を作り出しています。今後数年間で、特に AI の追い風を受けて、より大規模な国内プレーヤーが出てくることを期待しています。SaaS時代には相対的に小さかった国内のTAMが、大きく広がると私たちは考えています。
ーー最後にお二人にお聞きしたいのですが、今回の資金調達を経て、LayerX をどのように成長させていきたいとお考えですか。また、シリーズ B というタイミングで海外投資家が入ってきたことが、日本のスタートアップエコシステムにどのような影響を与えると思われますか
福島氏:我々自身でいくと、もう結果を出すしかないかなと思っています。海外投資家が2020年代から日本に入ってきていますけど、その第一世代として投資されているのが我々なので、結果を出さないと彼らは完全に日本市場から遠のいてしまうと思うんですよね。地政学的な流れで海外投資家の資金が日本に向かってきている今、『結局ダメだったね』とならないように、ちゃんと成功例を作りたいです。
日本ってよくスモール IPO の問題とか、グロースエクイティがそもそも少ないという話があるじゃないですか。そこの選択肢が海外投資家の参入でうまく回り始めると、もっとチャレンジできるスタートアップも増えると思うんです。我々自身もその環境に助けられていますし、LayerX がその流れを潰しちゃいけないなと思っているので、シンプルに結果を出すしかないですね。
ーーMichaelさんからも、日本の創業者や市場に対してメッセージがあればお願いします
Michael氏:日本のスタートアップの皆さんには、野心家であってください、と伝えたいですね。日本は世界クラスのビジネスを構築してきた非常に強いレガシーを持っています。これまで大規模な SaaS や AI 関連の成功事例があまりなかったという事実は、問題ではありません。これから出てきます。私たちはそう信じています。
ーーグローバルグロースエクイティが日本のスタートアップに本格参入する時代が始まった。LayerX と TCV の協業が示すのは、日本企業が持つ独自の強みが掛け合わさることで、双方にとって新たな価値が生まれるという可能性だ。この一歩が日本のスタートアップエコシステムにとってどんな意味を持つのか。その答えは、LayerX がこれから出す「結果」の中にある。