※本セッションは、2026年7月に開催されたIVSのオフレコセッションについて、主催であるIVSの許可と関係者の確認のうえで、内容はモデレーターを務めたMUIP佐野が纏めた内容となっています。
7月に京都で開かれた完全招待制のカンファレンス、IVS COREに参加してきた。昨年は上場を境にスタートアップの成長戦略がどのように変化するのかをタイミーやクラウドワークス、delyと共に議論したが、今回のテーマはグローバルだ。
三菱UFJイノベーションパートナーズ(MUIP)自体、そもそもの成り立ちはグローバル投資であり、今、国内もあらゆる側面でこの「国境」というボーダーが溶け始めている。
セッションタイトルの、グローバル投資家は日本スタートアップを見逃してきたのか? という問いの答えは、明確に「No」と言える。ただ、どの段階で、どのように変化してきたのか。そこの解像度はおそらくもっと高める必要があるだろう。
今回、IVS COREで登壇いただいたのは、日本市場に向き合う国内外の投資家である。
Archibald Ciganer 氏(アルテミスベンチャーズ 取締役兼 Managing Partner)は、ティー・ロウ・プライス・ジャパンで日本株戦略のファンドマネージャー兼投資部門CIOを10年以上務めたのち、三菱UFJ銀行が設立した同社に招かれ、500億円規模の初号ファンドを今年立ち上げたばかりだ。
Ryutaro(Ryan)Nakata 氏(Alumni Ventures/General Manager, Representative Director of Japan)は、運用資産約16億ドル、アクティブなポートフォリオ約1,800社を持つ米国のVCの日本法人を2025年に設立した。加えてQueenie Wong 氏(EQT Early Stage Asia Managing Director)は、運用資産3,410億ユーロ(3,890億ドル)を擁する世界最大級のプライベートエクイティファームで、香港を拠点にアジアのアーリーステージ投資を担っている。
本セッションは基本的にオフレコであり、個々の発言をそのまま紹介することはしない。代わりに、この議論を通じて私自身が得た知見を、投資家として、そして三菱UFJイノベーションパートナーズ(MUIP)の一員として、私なりにまとめておきたい。
前回のIVSセッションで上場後の成長戦略について議論した際も日本のスタートアップエコシステムが成長し続けていることを伝えたが、いよいよその局面は本格的にグローバルにも広がろうとしている。
なぜいま日本なのか
まず印象的だったのは、登壇した投資家の顔ぶれそのものが、日本市場の変化を映し出していたことだ。かつて日本の非公開市場に本格的な関心を寄せてこなかったグローバルファンドや、成長段階に特化した新しい担い手が、いまや日本を主戦場のひとつに据えようとしている。
彼らが日本に注目する理由は、決して情緒的なものではない。
日本はGDP・研究開発支出・研究者数のいずれでも世界トップクラスにあり、優れた技術と人材の厚みを備えている。加えて、公的セクターの本気度も高い。行政の担当者が、海外の投資家ですら把握していない他国の制度まで理解し、エコシステムをどう後押しできるかを真剣に考えている。
そうした場面に触れ、彼らは日本の可能性を確信したのだという。
議論を通じて登壇者に共通していたのは、日本を「いま転換点にある市場」と見る視線だった。長らく足りなかったピースが、ようやくそろいつつある。その手応えを、私自身も彼らと分かち合った。世界の投資マネーが日本の非公開市場に本格的に向き始める、その入口に私たちは立っている。
起業しやすい国が抱える「壁」
私はセッションのなかで、日本のスタートアップ資金調達に関するデータを示した。そこから浮かび上がるのは、日本市場の構造的な「ねじれ」である。
日本のスタートアップ資金調達規模は米国の約1.5%にすぎない一方、資金調達を受けた企業数では米国の約20%に達する。つまり日本は、相対的に「起業しやすく、資金も得やすい国」なのだ。これは私たちが誇ってよい事実だと考えている。しかし裏を返せば、1社あたりの調達額が非常に小さい。スケールに必要な資本が、1社に十分に回っていないのである。
この「スケールの壁」は、上場市場の構造とも深く結びついている。
日本では長らく、時価総額の小さな「マイクロIPO」が数多く生まれてきた。企業が早く上場しすぎるがゆえに、上場後の投資家からの利益創出圧力と成長のバランスが取れずに、失速してしまう。
こうした市場構造が、ユニコーンと呼ばれるビリオンダラークラスの時価総額企業が日本において育ちにくい一因になってきた。
もちろん国内エコシステムがその課題を見過ごしているわけではない。
東京証券取引所の改革により、2030年からは上場5年後に時価総額100億円未満の企業が上場廃止の対象になる見込みで、より時価総額がシビアにみられるようになる。その為、企業がこれまでよりも長く非公開のまま成長し、十分な規模に達してから上場するようになるだろう。そのために不可欠なのが、成長段階(グロースステージ)の資本と、既存株主(初期投資家が取ったリスク)を引き受けるセカンダリーの機能である。
早すぎる上場からスタートアップを守り、腰を据えてスケールを支える。ここにこそ、いま日本に足りていない役割がある。
数字もそれを裏づけている。
東証によると、グロース市場では既に外国人投資家が2割を占める一方、非公開市場ではわずか数%にとどまる。このギャップは、日本のプライベートマーケットがこれから埋めていくべき「伸びしろ」にほかならない。
関心が不足しているのではない。むしろ多くのグローバル投資家が入ろうとしており、あとは投資に値する企業と、それを支える資本の受け皿が育つかどうかなのだ。
いまこそ日本の起業家には「大きな夢」が必要だ
もうひとつ、議論を通じて強く感じたのは、日本の起業家を取り巻くマインドの変化である。
日本には昔から優れた人材がいた。
ただ、その多くは大企業を選択した。長いデフレの時代には、リスクを避けることが合理的だったからだ。しかしデフレを脱した今、リスクをとることが後押しされ、優秀な人材がスタートアップに加わることが「普通」になりつつある。
実際、トップ大学の学生が、最初のキャリアにスタートアップや起業を選び始めている。かつては親に反対された選択が、いまは背中を押される時代へと変わりつつある。日本人である私にとっても、この変化は肌で感じるものがある。
そのうえで、投資家の立場から起業家に伝えたいことがある。
資本はもはや、単なる資金だけではない。顧客の紹介、IPOに向けたエクイティストーリーづくり、グローバル・ネットワークへの接続。
投資家が本気で伴走することで、事業の成長は大きく変わる。だからこそ起業家も、今だからこそ、この先長いパートナーとなる株主が「何をもたらしてくれる投資家か」を見極めてほしい。
そして何より、もっと大きな夢を描いてほしい。国内市場の常識を根底から覆す。世界を見据えた事業を構想する。その成長のための資本は、いま確かに手が届くところに来ている。投資家として、その大きな夢を一緒に描き、追いかけていきたい。
日本には優れたアイデアと起業家がそろい、成長資本という最後のピースも、今はまりつつある。日本のスタートアップエコシステムが、真の意味で世界と競争できる段階に入りつつあることを、今回のセッションを通じて、私は改めて確信した。