三菱UFJ銀行がSymphonyと挑む、ウェルスマネジメントの「コミュニケーション革新」

2026.08.07

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三菱UFJ銀行が、富裕層向けのウェルスマネジメント領域で、新しい顧客コミュニケーションの取り組みを本格的に始動させた。金融特化型のセキュアコミュニケーションプラットフォームを手がけるSymphonyの技術を用い、これまでEメールと電話が連絡手段の中心だった富裕層営業のあり方を刷新する挑戦になる。

本稿では、米国発の企業、Symphonyのセールスとアカウントマネジメントを統括する吉田豪之氏をお招きし、協業を推進した三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント戦略部、デジタル戦略統括部、そして両社をつないだMUFG Innovation Partners(MUIP)による座談会の模様をレポートする。

MUIPは2019年6月、Standard Charteredとともに、Symphonyの1億6,500万ドルの資金調達ラウンドに出資している。この資本関係が、後述する採用の決め手のひとつにもなった。

金融特化のコミュニケーション基盤

まずSymphonyがどのような企業かをご紹介したい。

Symphonyは、2014年にウォール街の主要金融機関がコンソーシアムを組み、「企業間で安全にやり取りできるチャット基盤」を自ら作る目的で設立した企業だ。金融機関自身が要件を満たすために生み出したという出自ゆえに、いまや世界最大手の投資銀行10行すべてを含む、1,400を超える機関に利用されている。

単なる連絡ツールではなく、金融業界特有の厳格なコンプライアンスと規制対応を前提に設計されている点が、汎用のビジネスチャットと大きく異なる特徴である。Symphonyの吉田氏もその点を強調する。

Symphony Sales & Account Management Japan Directorの吉田豪之氏

Symphonyは、世界中の金融機関、投資家、市場参加者が安全につながり、業務を効率化するための金融特化型の安全な情報連携プラットフォームです。メッセージング、トレーダーボイスなどの音声、ディレクトリ、データ分析のアナリティクスを、安全性が確保されたネットワーク上で融合させることができます。これにより、金融市場の総合的なデジタルインフラへと進化しています(吉田氏)。

一方、こうした設計思想は、裏を返せば外部との接点を絞ることでもある。

一般的なビジネスチャットツールでは、情報漏えいや監査ログの欠如といったリスクへの対応として、外部システムとの接続を遮断するケースが多く、結果として組織がサイロ化してしまうという課題があった。Symphonyが提供する「フェデレーション」機能は、高度なセキュリティを維持しながらこの制約を解消し、外部プラットフォームとの安全な接続を可能にする。

LINE、WhatsApp、WeChat、SMSなどのコンシューマー向けコミュニケーションチャネルを、規制要件を遵守した形で金融機関の業務に組み込むことができるため、顧客は普段利用しているアプリをそのまま使い続けることができ、金融機関の担当者は顧客が利用するチャネルを通じたコミュニケーションを、管理・監査可能な環境下で安全に行うことができる。

この機能こそが、Symphonyが世界の大手投資銀行で広く採用されている重要な理由の一つなのだ。

LINE最重視とSymphony採用の決め手

ではなぜ、三菱UFJ銀行はSymphonyを選んだのか。出発点にあったのは、富裕層営業の現場が抱える切実な課題だった。ウェルスマネジメント戦略部企画グループ次長の三上将氏は、着想の原点をこう振り返る。

三菱UFJ銀行 ウェルスマネジメント戦略部 企画グループ 次長の三上将氏

お客さまと営業担当がこれまでEメールと電話だけでつながっていて、コミュニケーションが十分に取れないといった課題がありました。チャットを導入することで、よりスピーディーにお客さまとの接点が持てるのではないか、というのが最初の着想です(三上氏)。

社内インフラとしてビジネス系のコミュニケーションツールは存在したものの、B2Cを考えると顧客側がアプリを導入している例は少ない。

国内の富裕層顧客にとって重要性が最も高いのはLINEだ、という見立てのもとで浮上したのがSymphonyだった。同社のLINEConnect機能を使えば、顧客のUIはLINEのまま、内部管理はSymphony Messagingのアプリで完結する。三上氏はこれを「2個取り」と表現し、採用の決め手のひとつだったと語る。

そしてセキュリティ要件の観点からSymphonyを評価したのが、ウェルスマネジメント戦略部の吉鷹麻理菜氏だ。

三菱UFJ銀行 ウェルスマネジメント戦略部の吉鷹麻理菜氏

三菱UFJ銀行は金融機関のなかでも情報セキュリティ基準が高く、各リスク所管部から求められる要件が多い。その一つひとつにSymphonyの機能が合致していたという。

チャットを利用する上で、事前に銀行員の送信制限ワードやルールを設定し、お客さまとの不適切なコミュニケーションを未然に防ぐ仕組みがあり、管理者側で権限などを細かく分けて管理できます。そういったセキュリティ基準が、三菱UFJ銀行の基準と非常にマッチしていました(吉鷹氏)。

一方、このような重要なシステムの場合、内部での開発も検討候補となる。昨今のAI事情を考えれば開発速度も格段に上がっている。しかし三上氏は「今回はスピードを重視したため、最初から外部のSaaSを使いたいと思っていた」と、その検討は当初からなかったことを明かす。

そして、採用の最終的な決め手となったもうひとつの要因が、MUIPによる出資の存在だった。2019年からの資本関係を通じてSymphonyという企業を深く理解できていたことが、外資系企業の技術を基幹的な顧客接点に採用するうえでの信頼の土台となった。

足掛け3年の実装。金融機関ゆえの「壁」を越えて

三菱UFJ銀行 ウェルスマネジメント戦略部 調査役の三浦祐依氏

ただ採用を決めてからの道のりは、決して平坦ではなかった。吉鷹氏がまず挙げたのは、銀行内の合意形成の難しさだ。

電話やEメールという従来の手段から、新しくLINEを取り入れるというハードルが本当に高く、非常に苦労しました。情報セキュリティやコンプライアンスのリスクの観点で、どう安全性を担保するのか。銀行内の関係者に理解してもらう交渉のプロセスが、最初はとても大変でした(吉鷹氏)。

契約面の壁を語ったのは三浦祐依氏だ。

ウェルスマネジメント戦略部として外資系企業との契約実績が少なく、支払い手続きなど基礎的な確認にも時間を要した。さらに準拠法が日本法ではなくニューヨーク州法となるため、リスク所管部だけでなく法務部と連携し、一つひとつ論点を調整していった。加えて、Symphony Messaging単体ではなくLINEヤフー社の機能を併用する構成ゆえの難しさもあった。

チャットひとつを始めるにも、銀行の中では10近くの手続きを踏まなければなりません。通常の手続きに倣うだけでなく、例外申請でリスクを担保し、新しいシステムを導入するからこその理解を得ていく。そうした部分に非常に苦労しました(三浦氏)。

デジタル戦略統括部の田上香一氏によれば、案件は足掛け3年に及び、Symphonyとのやり取りだけでも約2年に及んだという。

三菱UFJ銀行 デジタル戦略統括部 調査役 田上香一氏

正直なところ苦労はありました。毎週のように打ち合わせをして話を詰めていたと思いますが、そのような中諦めずに取り組んでくれたSymphonyの皆さまには非常に感謝しています。Symphonyの強みはLINEやWeChat、WhatsAppなど国・地域の事業に応じて、プロダクトニュートラルに連携できる点だと思います。MUFGはグローバルに物事を見ていかなければならない組織ですので、 今後この日本での導入事例が、世界に広がっていく可能性も十分にあると思っています(田上氏)。

Symphony側もまた、この協業を単なる導入支援とは捉えていない。

吉田氏は、多数のステークホルダーの要望をすべて受け入れて機能を厳格に制限すれば、営業担当にとっても顧客にとっても使いづらいツールになると指摘する。そのトレードオフをどう落とし込むかを、ウェルスマネジメント戦略部のメンバーと何度も協議しながら、ゼロからベストプラクティスを作り上げてきたのだ。

富裕層との接点創出、そしてAIエージェントへ

では導入によって、現場の業務はどう変わるのか。

富裕層の顧客は多忙で、企業オーナーも多く、電話やEメールでは接点をつくること自体に多大なエネルギーと時間がかかる。

そもそもチャットで効率的に接点を持つことで、お客さまと会えたときにどんなご提案をしようかと検討する、お客さまと向き合う時間の質を高められます。この『お客さまと向き合う時間を創出する』ことに非常に大きな意味があると考えています(三浦氏)。

すでに導入前から他支店の担当者からも導入希望の声が届くなど、現場の期待は大きい。

実際、先行する海外で5、6年前に開始したHSBCなどの大手金融機関とのやりとりは、当初こそアポイントメント調整のスモールスタートだったが、いまや目論見書の送付や、WhatsAppとの間に二要素認証を挟んだうえでの注文執行まで、実務に深く組み込まれるまでになっているそうだ。

日本での取り組みは、まさにその入り口に立ったばかりと言える。今後は利用担当者の拡大とユースケースの拡張を展望する。

三上氏は、銀行の営業担当とプロフェッショナル職を合わせて6千名規模までの拡大を視野に入れ、グループベースで動くウェルスマネジメントの特性から、信託・証券への横展開が理想だと語った。

さらに未来を見据えるのが、AIエージェントの活用である。

Symphonyは2026年、年次カンファレンス「Symphony Innovate」で、金融機関が自社のガバナンス下で独自のAIエージェントを構築できる「AI Agent Studio」を発表した。

吉田氏は、顧客と同じチャットルームにAIエージェントを同席させ、専門的な問い合わせに対して社内データやリサーチレポートを参照して提案文を生成、それを営業担当がチェックして送信するという世界観を描く。

従来の銀行員は、質問を受けるたびにデータベースを調べ、コンプライアンスや法務も含めて多くの業務に時間を費やさなければなりませんでした。AIエージェントを一人ひとりのデジタルバディとして付け、営業担当がよりお客さまにフォーカスできる時間を増やす。そうやってコミュニケーションにおける摩擦をゼロにしていきます(吉田氏)。

関係各社による粘り強い取り組みの結果、Symphony Messagingはウェルスマネジメント領域と時を同じくして、MUFGの市場部門でもグローバル利用を前提とした採用が決まった。

先日ご契約いただいたのは市場エンジニアリング室でのスモールスタートですが、グローバルの共通プラットフォーム上で、世界の市場部門の方々が利用できる形で進めていくと伺っています。市場エンジニアリング室では、当社のAPI連携を使った自動化フローやBotの開発にも着手していくと考えています(吉田氏)。

AI時代の金融コミュニケーションの未来図 

MUIP代表取締役社長の鈴木伸武

本座談会では、三菱UFJ銀行がSymphonyと協業し、富裕層とのコミュニケーション戦略を前進させた事例を当事者たちと共に振り返らせてもらった。

金融機関は高い信頼性と機密性を担保しつつ、お客さまに対してスピーディーかつ、一人ひとりの価値観に寄り添い納得感のある提案を両立させることが求められている。

この両立にはテクノロジーが欠かせず、今回の協業事例はまさに今、幕開けしているAI時代に相応しいコミュニケーション戦略が高いレベルで求められている証左と言えるだろう。セキュリティとスピードがより厳しく求められる市場部門での採用は、Symphonyの汎用性と実績を裏づけるものでもある。

日本での導入事例を雛形に、グループ全体、そしてグローバルへと広がっていく。ウェルスマネジメントと市場部門の両輪で始まった三菱UFJとSymphonyの共創は、金融機関の顧客コミュニケーションのあり方そのものを変えていく可能性を秘めているはずだ。

三菱UFJ銀行がSymphonyと挑む、ウェルスマネジメントの「コミュニケーション革新」